イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

迷走する独白

 
 ちょっとだけ自慢してもいい?基本的にしょっぱいことしか起こってないここ数年とはいえ、少しはいいこともあったんだよねーうふふ。
 

 「……はぁ。」
 

 あのね、三年前にこのブログでモクブン・コーイチローさんの本の書評を書いたんだけど、その時モクブンさん本人に見つけてもらえて、ほめてもらったんだー。モクブンさんいい人だなー。そのとき以来、モクブンさんLOVEなんだよねーうふふ。
 

 「……そうですか。」
 

 もちろん、モクブンさんはもう忘れてるだろうけど、片思いでもいいんだよねー。哲学を勉強しはじめて以来ほとんどほめられたことなんてなかったし、ていうか今もないし、たまにはほめられるっていいなー。思い出すだけで癒されるなー。
 

 「……。」
 

 僕だってわかってるよ、昔のこと思い出すより、前に向かって歩んだほうがいいってこと。
 

 でもさ、多分これから先にほめられるなんてあんまりないしさーいじいじ。こうやっていじけててもずっと放置プレイだしさーいじいじ。それだったら脳内で永久にモクブンさんにほめてもらいつづけてた方がいいとか思っちゃうよねー。いやー、未来とかホント見たくないよねー。
 
 
 
 書評 哲学 末法的エクリチュール
 
 

 新しいことにチャレンジするとかって難しいと思うのである。ほめられることが確定してるんだったら頑張れるんだけどなー。そうじゃないときついなー。
 

 いやー。あのね、ちょっと聞いてもらってもいいかな?僕ね、最近書くことに実はけっこうやる気出してるんだけど、多分これってあんまり報われない方向だと思うんだよね。
 

 しかし、直観的にはこの方向しかない、という気もしている。哲学自体の置かれている立ち位置がしょっぱくなっていってるこの末法の時代にあって、俺は末法エクリチュールの臨界点に到達しなければならぬ。荒野を突き進む道だ。しかし、なすべきことをなすのであれば、見る人は見てくれるのではないか。
 

 いやごめん、なすべきことをなすどころか、甘えたりいじけたりしてるだけかもしれないけど、僕を見捨てないで。というかむしろ、僕を愛して。ごめん、愛してっていうのは調子乗りすぎたかもしんない。でも、僕も一人ではあまりにも寂しいということを、どうかわかってほしいのである。めんどくさいのは自分でもわかってるけど、見捨てないでいてくれるとうれしいな……。こうやってつぶやきつづけてるのって、なんか不安だな……。