イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

アーミテージ・レポートから核戦略へ (付・憲法第9条とニュータイプ)

 
 核兵器の使用について徹底的な研究を行ったハーマン・カーン博士は、『考えられないことを考える』の最終部において、次のように言っています。「われわれは、現在持っている”道具”と能力を、精いっぱい活用しなければならない。」
 
 
 引用のなかの”道具”とは何を意味するのか、とても気になるところです。私たちとしてはただ、日本国民としても地球市民としても、「たとえ何がどうなるとしても、核戦争だけはやめてください!」としか言えません。しかし、この”道具”をめぐる今日の状況は、実際のところ、どうなっているのでしょう。ここでは、近年の国際情勢について、核戦略をテーマにしつつ考えてみることにしましょう。状況を整理するために、すでに広く知られている情報を取りあげることになるかもしれませんが、ご了承ください。
 
 
 今回の集団的自衛権の行使にかんする解釈変更の背景として、中国の対外膨張、南シナ海、シーレーンといったキーワードがかかわっていることについては、多く議論されているところだと思います。もちろん、これらのファクターも目下の問題としてはきわめて重要なものなのですが、ここではその問題を割愛して、今回の事態をもう少し長いスパンから眺めてみることにします。
 
 
 集団的自衛権の行使をめぐる問題にかんしては、もうひとつ無視できないのが、「アーミテージ・レポート」と呼ばれる報告書の存在です。こちらも国際情勢に詳しい方にはよく知られているものですが、中国と南シナ海の問題と比べてみると、認知度はすこし低いかもしれません。
 
 
 このレポートの作成を主導したのは、共和党に属しながら日米関係の構築に長年のあいだ寄与しつづけてきた、リチャード・アーミテージ氏です。氏はとても情熱的な人で、アフガニスタン侵攻のさいにパキスタン政府に協力を求めたさいには、「もし協力しないなら、パキスタン空爆して石器時代に戻してやるぞ」と迫ったとも言われています。
 
 
アーミテージ・レポート
 
 
 2000年の10月にアメリカで発表されたこのレポートは、その作成に携わったメンバーという点からみても、画期的なものでした。何しろ、互いに政権を取ることをめざすライバルであったはずの共和党と民主党の人びとが超党派グループを結成して、対日関係にかんする提言を行ったのです。これは、知的人材の流動性が高いアメリカだからこそ可能になったプロジェクトであったということもできるかもしれません。共和党側はリチャード・アーミテージ民主党側ではジョセフ・ナイを主要メンバーとして作成されたこのレポートの内容について、ここでの目的に沿う部分だけを取りあげて、要約してみることにしましょう。アメリカからのメッセージは、ごくかいつまんでいえば、次のようなものでした。
 
 
・アジア太平洋の防衛戦略において、日本は費用を分担するだけでなく、武力を共有するべきだ。
 
・そのためには、集団的自衛権の行使が認められていない、今の状況はよろしくない。早く行使が可能になることが望ましい。
 
 
 2001年5月には、防衛庁防衛研究所が主催する防衛戦略会議において、これにたいする返書が発表されます。アメリカのような軍事シンクタンクを持っていない日本の側は、防衛庁のOBたちによる会議により、事態に対応することになりました。これについても、以上の点にたいする返答だけを取りあげるならば、内容は以下のようになります。
 
 
・その通りである。集団的自衛権をめぐる憲法解釈を緩和することを考えるべきだ。
 
・何とかしたい。場合によっては、憲法第9条二項についても緩和するべきかもしれない。
 
 
 ここからは多くの結論を引きだすことができそうですが、一つわかることは、集団的自衛権の行使を可能にしようという試みが、少なくともここ15年のあいだ、日米関係にかんする課題であると認識されつづけてきたということです。もちろんここには、自衛隊の海外派遣問題も絡んできているといえます。イニシアティブを取っているのは、誰がどう見てもアメリカのようですが、ここではそのことの当否を問うことはやめて、例の’’道具’’のほうに関心を集中してみることにします。
 
 
(つづく)
 
 
 
 
 
 
 
<アペンディクス: 憲法第9条ニュータイプ
 
 この補足は、本編の流れには関係ありません!『機動戦士ガンダム』シリーズに興味をお持ちでない方にとっては重要なものではないかもしれませんので、気が向いた場合にだけ読んでいただけると幸いです。
 
 
 前回の記事で紹介させていただいたハーマン・カーン博士ですが、『機動戦士ガンダム』シリーズに登場する女性パイロット、ハマーン・カーンに名前がとても似ていたために、記事の内容について誤った推測を生むことになってしまいました。調べてみると、彼女の名前はやはり、この博士の名前を元にしたものであったようです。せっかくクリックしていただいたのにもともとの期待に沿えなかったケースが多かったことについて、ここにお詫びさせていただきます。
 
 
 ところで、ハマーン・カーンのよく知られたセリフのうちに、次のようなものがあります。
 
 
「ひ、人の想いが、人の意思が力となっていくのか……これがニュータイプ
 
 
 人類が本格的に宇宙に出てゆくようになってから現れた、新たなる人類としてのニュータイプは、さまざまな超能力を持っていますが、そのすべては人間の心にかかわるものに他なりません。このブログにおいては現在、日本国憲法第9条について論じていますが、9条については、「心のなかでは正しいけれど、現実には向かない」という批判がよくなされます。しかし、その一方でニュータイプたちは、テレパシーを行ったり、サイコミュを用いたりすることで、心そのものの力を現実のなかに突きいれてゆく存在として描かれています。
 
 
 原作者の富野由悠季さんによると、ニュータイプとは、究極的のところでは「戦争を必要としない人間」だそうです。いつの日かニュータイプの時代がやって来るならば、日本国憲法第9条と同じ条文があらゆるスペースコロニーにおいて認められることになるのかもしれません!しかし、驚くべきことに、現代を生きる私たちは宇宙世紀の到来を待たずして、9条の条文をすでに持ってしまっています。この事態は一体、どのようなことを意味しているのでしょう。ひょっとすると、この国に生きる人びとの意識が、何らかの理由によって、早くもニュータイプへと進化を遂げはじめているということなのでしょうか……?
 
 
 もちろん、このブログは電波系ではないはずですが、気がつくと、宇宙と人類の意識の覚醒にまで話が飛んでいました!ガンダムに免じて、どうかお許しください。明日からは、また本題のほうに戻ります。最後に、話の内容にはまったく関係はありませんが、リチャード・アーミテージ氏の風貌は、デギン・ソド・ザビにどこか似ているような気がしなくもありません……!
 
 

ニュータイプ

 
 
(Photo from Tumblr)