イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

2019-01-01から1年間の記事一覧

力能の対話と存在の対話

対話は重要だ。しかし、一口に対話と言っても、僕には大きく言って二つのタイプの対話があるように思われるのである。 論点: 対話の種類には、力能の対話と存在の対話の二つがある。 対話力がある種のスキルだっていうのは、これはもう間違いのないことだ。…

論争は避けるべし

論点: 哲学者同士の対話は、できることならば、文章上のものよりも顔と顔を合わせての方が望ましい。 この点、先人たちの歴史を見ていても、悲惨なケースは枚挙にいとまがないのである。 たとえば、ライプニッツ・アルノー書簡だ。当時の最高の知性が言葉を…

対話と対面

論点: 対話することは、哲学の生命そのものである。 真理っていうとなんか堅苦しい感じもするけど、要するに、毎日誰かとしゃべり続けるということなのではあるまいか。 われわれは、これってこうだよねとか、あれってああなんじゃねとか、日夜語り続けなが…

ソクラテスの道

論点: 哲学者が追い求めるべきものは、金銭でも名誉でもなく、真理である。 お金と承認については、すでに考えた。それで今やわれわれは、真理へと進まねばならぬ。 真理である。よく考えたら、他に何か目的を持たずに真理のみを求めるというのは、なかなか…

たった一人の誰かに向かって

問い: 「いいね」が見えるようになってしまった時代の哲学者はどのように語り、どのように生きるべきか? ブログを書き始めてからそろそろ四年半になろうとしているが、こういう話題を色々気にせずに書けるようになってきたことはよかったのかなって気がす…

承認について考える

問題提起: 哲学はまずもって、他人のためではなく、おのれのためにするものなのではあるまいか。 孔子先生の言う通りであるよ。結局、自分の修行のためなのよ。他の人に喜ばれるためではないんよ。 しかしそれでも、われわれは時々哲学をやってて空しいよう…

こうしていたくないわけでもない

問題提起: 哲学はまずもって、他人のためではなく、おのれのためにするものなのではあるまいか。 孔子先生の言う通りであるよ。結局、自分の修行のためなのよ。他の人に喜ばれるためではないんよ。 しかしそれでも、われわれは時々哲学をやってて空しいよう…

哲学は、面白いというだけでいいのか

論点: 前途有望な若者に哲学の道を勧めることが正当であると言うことができるためには、哲学には将来の不安定さを補って余りあるだけの、何らかの善さがあるのでなければならない。 繰り返しになるけど、いくら勉強してもお金は稼げない可能性が高いわけで…

ただ、一切は過ぎてゆく

論点: 哲学の道に進むとすれば、その若者はどこかの時点で必ず「果たして将来生活してゆけるのか」という問いに悩まされることになろう。 おそらく、最大にして究極の問題とはこれであろう。 ていうかさ、お金の問題さえなければ、哲学の道が最高なことは間…

真理とパレーシア

これから、哲学の道に進むべき(?)根拠について考えるにあたって、まずは次のことを確認しておきたいのである。 論点: 哲学において、率直に語ることは真理に至るための必須条件である。 たとえば、哲学に興味ない人に対して、哲学自体を正当化しなきゃな…

哲学のススメ?

うーむ、わからん。はたして、何を言ったらよいものか……。 「……どうしたんですか?」 ああ、うん。いやね、僕はこの間、A君という青年と少し話をしたのだ。 A君はちょっと暴走気味のところもあるが、前途有望で元気のいい高校二年生なのである。ただこの子、…

他者理解についての探求の終わりに

今回の探求の暫定的結論: 私たちは、他者を理解することを諦めるわけにはゆかない。 「知っている」と思い込むことは致命的に危険ですが、「知らなくてもいい」と放棄してしまうことも、決してよい結果をもたらしません。どれだけ果てしのないものであろう…

「幻想は、我々の進むべき道ではない」

船越さんに関する二言明: 「船越さんは、感じのよい女の子である。(甲言明)」 「船越さんは、感じのよい女の子として振る舞い続けることを自分でも止められない女の子である。(乙言明)」 事情や背景についてはとりあえず置いておくとしても、甲言明が偽…

甲か乙か、船越さんの実像

考える時間がほしいと言って去っていった船越さんからは、言うまでもなく、何の連絡もありませんでした。A君と彼女の関係については、他に特に何も起こらない限りはこの断絶をもって最終段階とするのが、予測としては妥当なのではないかと思われます。 論点…

対話を諦めてはならない

論点: 哲学徒は、対話というコミュニケーションの方式を諦めるわけにはゆかないのではあるまいか。 現実には、私たちの人生においては、対話の限界に突き当たることばかりかもしれません。対話することに対する、また、相手の言うことに耳を傾けることに対…

愛と民主主義、その危機について

論点: 片方が気づかないうちに対話を打ち切られているというケースは、多数存在する。 互いの価値観や考え方が大きく異なる際には、対話することは多大な労力を要します。 その上、この過程は双方にとって、心地よいとは決して言えないような性質のものです…

対話が密かに打ち切られるとき

論点の再提示: 対話の相手から耳を傾けてもらえない時、ひとは静かにその相手から離れてゆく。 相手に話を聞いてもらえないと感じた時、それでも対話を続けてゆこうと努め続けるのは、多大な労力を要します。 その上、仮に対話を続けようと欲したとしても、…

Qさんの、忘れがたい思い出

前回までに問題としてきた論点を、これまでとは別な角度から論じてみることにします。 論点: 対話の相手から耳を傾けてもらえない時、ひとは静かにその相手から離れてゆく。 A君の姉である大学生のQさんが同級生のR君から避けられるようになってしまったの…

誰にでもできそうで、誰にもできないこと

論点: 認識論的な意味で誠実になるならば、わたしは自分を取り巻く隣人たちについて、偏見を持っていないと断言するわけにはゆかないであろう。 わたしたちは原理的に言って、他者たちの考えていること、感じていることをそのままの形で知ることはできませ…

文学の役割

論点: 他者の未知性は、認識と実践の主体であるわたしが絶えず思い起こそうと努め続けなければ、避けがたく忘却されてゆく。 たとえば、わたしがある人物Mについて、「この人はNである」という判断を下すとします。 この判断それ自体は、Mという人物の特徴…

他者の未知性

「ごめん、少しだけ考える時間をもらってもいい?」 告白に対して船越さんから上のように答えられたことによって、A君は、期間無制限の「待ち」の状態に入ることになりました。 論点: 私たちの人生は、予測不可能な他者の反応に絶えず気を配りながら歩んで…

青年よ、地獄へようこそ

「船越さん、僕は君のことが、す、す、す、好きだ。」 高校生のA君はついに、世界史好きメガネっ子の船越さんに告白してしまいました。いささか大げさな物言いにはなりますが、この瞬間にA君の人生は、それまでとは違うフェーズに入り込んでゆくことになりま…

デンマーク王子の逡巡

ハムレット的状況の内実: ①わたしは、わたしの運命に決定的な影響をもたらすであろうところの、ある行為の実行に向かって踏み切らなければならない。 ②しかし、その行為の実行はわたしに、死にも等しい結果をもたらしかねない。 やるしかないことは分かって…

おお、ハムレット

問題提起: 告白という行為から、失敗の可能性を完全に除き去ることはできないのではあるまいか。 告白する前に「相手も自分のことを好きなはずである」と考えるとしても、それが自分の側の思い込みである可能性は否定できません。 数は少ない(?)とはいえ…

告白という行為の裏面

A君と船越さんの方に戻ることにしましょう。 告白の言葉: 「わたしは、あなたのことが好きです。」 誰でも知っていることではありますが、この告白の言葉のうちには、ある恐ろしい力動性がはらまれています。というのも、この言葉は、単に「わたしはあなた…

共有と専有。あるいは、SNSは恋愛の敵であるか?

推しの生成ロジック: ①ファンたちは各人が推しの専有を放棄することによって、欲望の実現をある部分において断念する。 ②しかし、そのことによって推しはファンたちの間で共有される「ネットワーク存在」と化し、ファンたちの間で縦横無尽に流通する。 ファ…

推しと呼ばれる存在をめぐる、若干の考察

本題からは若干逸れますが、ここで少し次の論点について考えておくことにします。 論点: 恋の体験は、推しを追いかけるよりも、はるかに不確定要素が多い。 繰り返しになってしまいますが、「推し」(前回の記事に引き続いて、この主題を論ずる)の場合には…

「知ろうと努めていれば、こんな事には……。」

世界史のノートを借りたことがきっかけで、A君が熱烈に恋の炎を燃やしつつあるメガネっ子の船越さん(前回までの記事参照)は、すでに齢十六にして大量殺人の罪を犯し続けている恋愛サイコパスでした。 歴史部の男性たちの中で彼女の凶行の犠牲となった人間…

歯車は回り始めてしまった

論点: 恋愛の体験は、他者を理解するという行為へと人を向かわせる最も大きなきっかけの一つである。が、しかし……。 人間は大抵の場合には、身の回りの他者たちがどのような人間であるのかについて、実はそれほど大きな関心を抱いてはいないのではないだろ…

世界史好きの船越さん

テスト前の頼み事: 「悪いのだが、俺に世界史のノートを貸してはもらえまいか?」 「タピっちゃう?」(前回の記事参照)は親密な人間に向かってしか言えない性質の呼びかけでしたが、こちらの頼み事の方は、言える人の範囲がもう少し広がってきそうです。…