イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

三年間たってみて

前々回、前回と教育について少し書いてみて、この後も記事の中で考えつづけてみようと思っていましたが、どうもそれは時期尚早なのではないかという気がしてきました。 「よい教育とは何か」という問いに答えを出すには、まだ経験が足りなさすぎることは間違…

教育の問い

ところで、これから教育という仕事にあらためて打ち込んでゆくということになると、次の問いが以前よりもくっきりと浮かび上がって来ざるをえません。 「よい教育とは、どのようなものであるべきか。」 これはある種の応用問題であるようにも見えて、実は哲…

最近の状況

しばらくただひたすらに哲学の議論を続けてきたので、少し自分自身の近況についても書いておくことにします。 ここ3〜4ヶ月の間に人生が動き、とりあえず向こう数年は教育の仕事に携わることになりそうです。以前と変わらず、個別指導で小学生〜高校生と関わ…

デスノート問題についての考察の終わりに

今回の探求の終わりに、次の点を確認しておくことにします。 「人間の行動を最終的に決めるのは、決断の瞬間における一種の狂気に他ならない。」 デスノート主義の切迫性と説得力を認めたうえで、最後のところでそれを受け入れることはしない。それが、デス…

この世を変えるものは

筆者がデスノートの使用に反対する理由の一つには、次のものがあります。 「この世は、一人一人の小さな努力によってしかよくならないのではないか。」 もちろん、システムを変えたり大きな事業をなしとげたりといったマクロなレヴェルでの変革も重要である…

デスノート使用への反対論

デスノートの使用に反対する論を少しだけ展開するにあたって、次の点をあらためて強調しておくことにします。 「この世は、不公正に満ちている。」 筆者自身がこの不公正に日々参与しているため、あまり声を大にしては言えないところですが、この点について…

「新世界の神」

そろそろ、今回の探求の暫定的な結論を出しておくことにします。 「デスノート問題はつまるところ、人間には例外者として振る舞うことが許されるかという問いに帰着するのではないか。」 ここではデスノート主義者の(暗黙の)論理にしたがって、倫理的な主…

ボンヘッファーと、ヒットラー暗殺計画

前回の論点に関連して、取り上げておきたい歴史上の出来事が一つあります。それは、20世紀ドイツの神学者であったディートリッヒ・ボンヘッファーによる、アドルフ・ヒットラー暗殺未遂事件です。 ここでは詳細に触れることは控えますが、ボンヘッファーは第…

カントに抗するマキャヴェッリ

夜神月のような特異な人物が倫理のあり方を揺るがす地点に踏みとどまりつつ、もう少し検討を加えてみます。 倫理的判断についての二択: 1. ある行為についての倫理的判断は、その行為がもたらす結果とは関係なくなされるべきである。(コモン・センスの立場…

原作への反応

正義の次元の切迫性について考えてみるとき(前回の記事を参照)、次の問いはいよいよクリティカルなものになってくるのではないか。 「新世界を到来させるために成功した場合にも、デスノートを使って人を殺したことは罪とされるのだろうか。」 これまで控…

正義の次元

デスノート主義者の主張を、エマニュエル・レヴィナスの議論を念頭に置きつつさらに掘り下げてみることにします。 1. それぞれの人間の命は、かけがえのないものである。(他者への無限責任の次元) 2. しかし、現実においては、人間は何らかの暴力性をはら…

地球で毎日起こっていること

命の代替不可能性という反論は強力なものですが(詳細については前々回と前回の記事を参照)、デスノート主義者からは、次のような再反論がありうるように思われます。 「確かに命はかけがえのないものではあるが、そのかけがえのない命が誰かの手によって毎…

一人の人間は、世界との関係において……。

前回の論点を掘り下げるために、次のような状況を考えてみることにします。 「世界を滅びから救うために、一人の人間を殺すことは正当化されうるか。」 これはかなり非現実的な状況であることは間違いありませんが、「思考実験 Experientia mentis」は哲学の…

命の代替不可能性

デスノート主義者の主張を、もう少し検討してみることにします。 新世界到来の プラス面……暴虐と悲惨の完全な消滅 マイナス面……いくぶんかの犠牲者 新世界の到来に際するプラス面とマイナス面を比較した場合、プラスの要素の大きさには無視できないものがあ…

ノート使用者とプロレタリアート

次のような立場を検討してみることにしましょう。 デスノート主義者の立場: 新世界が実現されるならば、デスノートを使用したことは罪にはならない。 デスノート使用者は、新世界の到来によってもたらされる変化のプラス面とマイナス面の比較を通じて、この…

デスノート問題の中核へ

まずは、恐怖による新世界から自発性による新世界へという、前回の論点をもう一度確認しておくことにします(議論の詳細については、前回の記事を参照)。 1. 恐怖による新世界。道徳法則の普遍的遵守が、罰されることへの恐怖からなされる。 2. 自発性によ…

倒錯か、真の愛か……。

次の論点に進みます。 「デスノート使用者は、自らが作り上げた新世界がやがて恐怖から解放されてゆくことを期待する。」 新世界とは、もはや誰も他人を傷つけることのない世界です(道徳法則の普遍的遵守)。これは、最初のうちは罰への恐れ、すなわち、悪…

居心地のよくない二択

デスノートによる「新世界」の到来という問題圏はおそらく、次のような二択を人間に迫るのではないでしょうか。 1. 今の世界: 恐怖は存在しないが、暴力の犠牲になる他者は存在する。 2. 「新世界」: 恐怖はすべての人に及ぶが、暴力の犠牲になる他者は存…

新しい秩序へ

そろそろ、問いかけの方向を向け変えてみることにします。 「デスノートによって実現される新世界は、今のこの世界よりも善いものであると言えるだろうか。」 いま仮に、デスノート使用者による「粛清」の企てがことごとく成功し、彼の望む世界が到来したと…

堕落を糾弾するサディスト

先に進みます。 デスノート使用者の論理その4: 世界が公共善に関する無知の状態に置かれている以上、デスノート使用者としても「実力行使」による改革に乗り出さないわけにはゆかない。 今の世界は、救いがたいほどまでに堕落している。これが、デスノート…

「勝てば官軍」

今回は、次の論点について考えてみることにします。 「人間は、それが善きものであれ悪しきものであれ、力そのものを崇拝する傾向を持つ。」 この国における最も分かりやすい例の一つとして、織田信長をめぐる評価のあり方を挙げることができるかと思います…

逆転の瞬間

先に進みましょう。 「デスノート使用者は、人類の全体と少なくとも暫定的には対立する。」 主観的には暴虐と悲惨のない世界へ向けて邁進するデスノート使用者ですが、他の人々は、少なくとも最初のあいだは彼を単なる大量殺人犯とみなすことでしょう。 した…

粛清の血は路地の溝を流れる

100人のための1人の犠牲というロジックが仮に認められたとしても(詳細については前回の記事を参照)、その際には次のような問いを避けることができません。 「例外状態において、生きる人間と死ぬ人間との決定を、誰が行うことができるのか。」 この問いに…

例外者の論理

「デスノートの使用は、公共善のための殺人はありうるかという問題を提起している。」 前回に見たロジックをもう少し掘り下げてみることにします。「粛清」によって世界の変革に乗り出すデスノート使用者にとっても、人を殺すことが基本的に悪であることには…

「今はやむを得ない」

デスノートによって世界の変革に乗り出すにあたっては、ただちに次のような反対意見に遭遇することが予想されます。 デスノート使用者への糾弾: 「自分だけは人を殺していいだなんて、あなたは自分を何だと思っているのか。」 この糾弾に対しては、おおむね…

ノートによる裁き。あるいは、誰の名前を書くべきか?

まずは、次の点を確認しておくことにします。 「デスノートによる世界の変革は、天の裁きというイデーを媒介として行われる。」 私利私欲のためではなく、公共善の促進のためにデスノートを使用してゆくという場合には、一般に「悪人」と呼ばれている人々の…

デスノート問題

今回からの探求では、次のような問題について考えてみることにします。 デスノート問題: 名前を書けばその人を殺すことのできるノートを拾ったとして、そのノートを使って世界を変えることは罪だろうか。 映画にTVドラマ、ミュージカルなど、週刊少年ジャン…

寄る辺なさを否認することはできない

地獄についての考察を終えるにあたって、次の点を改めて確認しておくことにします。 「死後のことについては、私たちは無知である。」 人間に間違いなくわかっているのはただ、自分の身体が、いつの日か朽ち果てて死ぬであろうということだけです。その後に…

地獄についての筆者個人の見解

地獄についての考察からは、次のような帰結を引き出すことができそうです。 「人間は、自分が口にする言葉には気をつける必要がある。」 この場合でいえば、例えば、次のような言明は避けたほうが無難なのではないか。 地獄についての不用意な発言例その1: …

悔い改めの可能性

「地獄と悔い改めのあいだには、一筋縄ではゆかない関係があると言えるのではないか。」 すでに論じたように、もしも人間が本当に地獄にゆくようなことがあるとすれば、その人がそれまでの生き方を悔いることはまず間違いがないでしょう。その場合には、それ…