イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

「隣人との日々の会話というのは、実に喜ばしいものですな」「ええ、本当に」

論点: 相手を理解しないままに「あなたは〜すべきだ」というタイプの忠告を行うならば、その忠告は容易に暴力へと転化する恐れがある。 相対して「あなたは〜すべきだ」と言うことができるためには、その相手についての正確で深い理解が必要でした(前回ま…

師は、十分に諦めていなければならない

具体例2: 哲学の師には、弟子の魂についての深い理解が必要である。 人間の心が必要とするものは、その人自身の年齢や特性によって異なっています。 哲学の場合、他の諸学問や芸術・科学、また、実社会のあり方について学ぶことなども必要なので、何を学ん…

本を勧める

具体例: 誰かに本を勧めるというのは、入念な注意を要する行為である。 これが本ではなく食べ物や飲み物であるならば、それほどの注意は要しません。 たとえば、筆者は最近、ナチュラルローソンで売っている「あんこギッフェリ」なるパンを食べてみました。…

鏡という幻想

無知の知の必要性: 他者の存在に近づこうとするならば、出発点として、認識主体であるわたしが他者の意識に到達するのは不可能であることを絶えず思い起こしておく必要がある。 もしも、わたしがある人とこれからも関わってゆきたいと思うならば、おそらく…

われわれは隣人のうちで

問い: 汝は、他者の存在を望むか? 人間は日々の生活の流れの中で、たえずこの問いを問われ続けています。 もしも、生きることが他者に関わってゆくことそのものであるとすれば(前回の記事参照)、上の問いは「汝は、生きることを望むか?」という問いと同…

他者の探求へ

今回の探求の主題: わたしには、他者であるあなたの存在にどこまで近づくことができるのか? 友に関する前回の探求の延長線上の問いとして、今回は上の問題に取り組んでみることにします。 わたしには、他者であるあなたの意識には、原理的に言って到達する…

友についての探求の終わりに

今回の探求の結論: 友の存在にまでいたろうとする果てしのない努力が、友情には求められる。 わたしには、友であるあなたの意識そのものに到達することは決してできません(前回の記事参照)。しかし、〈他〉のただ中でぎりぎりの〈同〉を追い求め続ける熱…

還元不可能なものを、見つめ続けること

他者の存在: 他者であるあなたの意識には、原理的に言って、わたしは決して到達できない。 哲学的に考える気質を持った人にとっては、上の事実は、ある意味では当たり前のものにすぎないかもしれません。しかし、気づかれないうちに忘れられてゆく傾向を持…

他者の他者性、光と闇

問い: 汝は存在を望むか、それとも無を望むか? 生の問題はつまるところ、この問いのうちに集約されるのではないだろうか。少なくとも筆者には、哲学という営みは、この問いに正面から向き合う必然性を抱えているように思われます。 目下の探求に関して言え…

いざ、最悪の方へ

友情に関する「実践的勧告」: 友との間に、あるいは、愛する人との間に亀裂や分断が生じた時には、その亀裂や分断を、何か思いがけないものであるかのように考えない方が無難である。 もしも、すべての人が罪と弱さを抱えているという見解が正しいものであ…

運命としての自己欺瞞

友情の運命: もしも、わたしが友と共に友情を、愛する人と共に愛情を追い求め続けるならば、わたしとその人はどこかの時点で、双方のうちに弱さと罪とを見出すであろう。 正しい人、完璧な人は一人もいません。したがって、わたしが親友の、また、運命の恋…

異邦人の時代

友情のディープ・フェーズ: 友情はその追求の過程のただ中において、友のうちに一人の異邦人を発見する。 友情とは互いの存在を受け入れ、分かち合うことだとすれば(前回の記事参照)、友と関わる人間は、遅かれ早かれ、どこかの時点で友のうちに〈同〉に…

友と、存在の論理

以上の議論を踏まえた上で、最初に提起した「友情とは何か」という問いに答えてみることにしましょう。 友情の本質: 友情とは、互いの存在を受け入れ合い、分かち合うことである。 親密圏とは力能の論理ではなく、存在の論理が働いている圏域のことです。場…

困難なヒューマニズム

ヒューマニズムの「裏面」: 人間であることは、その本質において困難な課題であると言わざるをえない。 〈他者〉への欲望は人間にとって、非常に厄介な重荷にもなりえます。そもそも、喜びと苦しみはいつでも紙一重のところにあるものなので、人間存在が現…

バッコスの乙女たち

問題提起: 私たちは、私たち自身の友情と愛情に関して、あまりにも早く諦めすぎているのではないだろうか。 人間関係の現実とは、互いに対する幻滅と倦怠の連続です。期待は裏切られ、初めの頃の純粋な喜びは、関係が長く続くにつれて、現実への忍耐に場所…

ヘテロス・アウトス

もう一つの問題提起: 同じ目標を持ち、人生の同じ道を歩む時にこそ、友情は最も深く、最も強固なものとなるのではないだろうか。 もちろん、ことなった道へ進む相手とも親友になることは可能です。また、実人生においては、少し違った道を歩んでいるくらい…

哲学と親密圏

問題提起: 哲学の営みはその本質からして、公共圏よりもむしろ親密圏の方に属するのではないか。 哲学は決して欠くことのできない要素として、友を必要としています。それというのも、哲学の対話というのはどこかで、「わたしとあなたの間で語られる、秘密…

生き残るための友

友情の「場所性」: 友情は、それが結ばれる人間同士の間に親密圏を作り出す。 私たち人間がその中で生きている社会なるものは、公共圏の働きなしには維持・運営されることができません。学校や仕事場、あるいはお店や役所といったようなさまざまな場所は、…

「魂の友」

問題提起: 哲学徒が必要としているのは単なる友ではなく、魂の友なのではないだろうか。 ものの見方が異なる友人を持つことは、確かに人生に豊かな彩りを与えてくれます。しかし、親友、あるいは人生そのものを共有できるような、魂の友とも呼べる存在とな…

〈同〉は友情の生命である

友情に関する一事実: 共有するものを持てば持つほどに、友との友情は深まってゆく。 したがって、もうこれ以上共有するものがないという場合には、共有コンテンツをゼロから作ってゆくという選択肢もありえます。たとえば、一緒に旅行に行ったり、何かを共…

ネットスラングに関する考察

友について考える上で示唆深い一事実: SNS上でのコミュニケーションのあり方は、人間が〈同一なるもの〉の共有にしたがって共同性を形作ってゆくことを示している。 「存在の家」たる言語を仔細に検討することは、物事について知る上で最も有効な方法の一つ…

友とは鏡である

望ましい友の条件: 望ましい友とは、本音で語り合うことのできる友のことである。 たとえば、あなたが、ずっと年長で高名な学識者と話をする機会を与えられたとします。 その場合、あなたは彼あるいは彼女との対話から非常に多くのものを受け取ることでしょ…

海外生活の例、あるいは、友と異邦人

問題提起: もしも友を持つことがなかったならば、人間は病むほかないのではあるまいか? 上のような意味からすると、友の存在は、空気や食べ物の存在にも似ています。そのことはたとえば、海外生活を体験した人にはより容易に納得されることかもしれません…

「友は望ましい」は自明か

探求者へのコメント: 友だち、別に欲しくないんですけど。 上のようなコメントに対しては、とりあえず今回の探求においては、次のように回答するほかなさそうです。 回答: 今回は、「友は望ましいものである」をとりあえず前提とさせていただきたい……! 友…

友とは何か

今回の探求の主題: 友とは何か?そして、人間はこの世において、友とどのように付き合ってゆくべきか? およそ、世の中に友人を必要としていない人はいません。しかし、それに比して、友という存在に対する考察の方はといえば、実は驚くほどに数が少ないと…

次回からはなんとか……。

「……今日も休みなんですね。」 うむ。しかし、次からは必ず始めたいと思っている。しかし、始めたのちに記事がボツって更新停止なんてことになりかねないと思うと、ちょっと怖いのである。だが、もはや気にせず、あさってからは始めてみるしかない……びくびく…

大事をとって、今日も

「……今日も休みですか?」 うぅ、まだ記事が書ききれていないのである。書いてて途中で更新が停止するのもアレなので、今日もいちおう休みということにする。しかし、かえすがえす、このブログを読んでくださっている奇特な方々には感謝というほかないのであ…

本日はお休みします

「……あれ?新しい話を始めるんじゃなかったんですか?」 うむ。書き始めてたんだけど、なんか途中で記事がボツっちゃったりして更新が追いつかなくなっちゃったのである。ブログをやってて、たまにこういうことが起きてるような気もするが、とりあえず、今日…

「わたし」についての探求の終わりに

今回の探求の結論: わたしは他の誰でもない「この人間」である。 私たちは、意識の与えと「この人間」の与えという二つの与えが重なり合い、「わたしはこの人間として、わたし自身である」という言明が成立する地点にたどり着きました。考察を掘り下げてゆ…

この時代の病

反出生主義の論理構造: 1. 至高性の直観を持つわたしは、自分自身を純粋意識として思い描く。 2. しかし、それゆえにわたしは、わたし自身が血と肉を備えた一人の「この人間」であることを受け入れることができない。 「この人間」としてのわたしは、病み、…