イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

荒野を恐るることなかれ

「福音について書き始めてからブログのアクセスが減っている」と書いたところ、その記事をアップしたツイッターの投稿に少なからぬ「いいね」を付けていただいたのである。 このように励ましをいただいていることについては、本当に感謝としか言いようがない…

神は愛なり

自分の進むべき方向に迷った時には、常に原点に立ち戻る必要があるのではなかろうか。 「神は愛です。」(『ヨハネの手紙 一』第4章16節) 愛は大事です、ではない。神は愛です、である。これこそは、イエス・キリストの福音の核にして心臓部である。 人間に…

時が良くても悪くても

はたしてこれからも、福音について書き続けるべきなのであろうか。しかし、こういう時に依って立つべきは、やはり聖書の言葉であるように思われる。 「御言葉(みことば)を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、しっかりやりなさい。」(『テモテへの手紙…

着実に減っている

預言の成就についてはひと段落したので、この辺りで少し立ち止まりつつ、このブログに関する問題について考えてみたい。 『イデアの昼と夜』に関する一事実: 福音について本格的に書きはじめて以来、アクセスはゆっくりと、しかし着実に減少している。 分か…

あるにはあるのですが……。

キリスト者への一意見: なるほど、インマヌエル預言ね。一応、話は分かりましたよ。だけどなんだかなあ、申し訳ないんだけど、なんかビビッと来ないんだな。もっとすごいやつないの? これに類するコメントに対しては、まことに心苦しいのではあるが、次の…

その名はインマヌエル

最も有名な預言のひとつとして、『イザヤ書』7章のものを取り上げてみることにする。 インマヌエル預言: 「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み その名をインマヌエルと呼ぶ。」 (『イザヤ書』7章14節) いわゆるインマヌエル預言である。ここで語られ…

「預言の成就」

それにしても、終末についてさらに掘り下げる前に一点、福音について先に論じておくことがあったのである。 福音の核心その2: 預言は成就した。そして、キリストの到来とともに、今や新しい時代が始まっているのである。 ザ・プロフェシー・ハズ・カム・ト…

「いつ来るんすか?」

おそらく終末というと、次のような疑問が出てくることは避けられぬであろう。 キリスト者への疑問: いや〜終末っすか、いいっすね、いい感じに狂ってますね!僕、そういうの大好きっす。でも2012年のアセンションの時も期待してたのに何も起こらなかったし…

「あの曲は、実は……。」

しかし、再臨についてさらに考えてみる前に、先に検討しておかねばならぬことがある気もする。 伝道に関する一事実: 福音を伝えきる前に、コミュニケーションの回路を切られてしまったら終わりである。 いやこれ、ホント難しい問題だと思うんよ。まず大前提…

メシアは二度来る

ところで、メシア(=キリスト)の到来を待望していると書くと、中には次のような疑問が出てくる向きもあるかもしれない。 キリスト者への問い: あれ?メシアの到来を待望してるって言いますけど、確かイエス・キリストって二千年前くらいの人じゃなかった…

この世にメシアは必要か

罪についてはいずれまた立ち戻ることにして、今回は前回にちょこっとだけ出てきた、救世主という語について考えてみたいのである。 さて、救世主である。ヘブライ語で言えば、メシアである。僕は、高鳴る胸の鼓動を抑えきれないのである。いやごめん、うっと…

「罪から来る報酬は……。」

先日、このブログを読んでくださっている女性の方から「チョコ次郎買いました!」と声をかけていただいたのである!サク山チョコ次郎のファンの輪は、少しずつではあるが着実に広がっている……!それはさておき 罪なるものについては、とりあえず、次のような…

人間は有罪か

今もまだ成熟したわけではないけど、恥ずかしき若かりし日々のことを思い出すとき、福音はわが魂のうちで、ますます強く大きく響いてくるのである。 福音の核心(前出のものより一部抜粋) 「イエス・キリストが、私たちの罪のために十字架にかかり……」 神学…

素通りしていた留学時代

しかし、人生には何事にも時があるというのは否定できない事実なのである。 ていうか、今思い出したんだけど、僕が最初に本格的に聖書を読んだのは、20代のはじめにフランスに留学していた時だった。どういう流れかは忘れちゃったけど、『ヨハネによる福音書…

求道者の人たち

福音の核心についてさらに掘り下げる前に、最近気になっていることについて考えておきたい。 問題提起: 求道者なる人々は、いつの時代にも存在するのではないか。 求道者というとちょっと大げさな感じもするけど、要するに人生の意味を真剣に求めている人、…

「生活のよりどころ」

福音の核心について、さらに考えてみる。 福音の核心: イエス・キリストが私たちの罪のために十字架にかかり、墓に葬られ、三日目に復活した。 使徒パウロは、「私たちが生活のよりどころにしている福音」という言い方をしている(『コリント人への手紙Ⅰ 』…

福音の核心と不思議な贈り物

しかし、伝える・伝えないという点はともかくとして、福音の中身とはいったい何なのか。最も重要な中身とは、やはりこれの他にはあるまい。 福音の核心: イエス・キリストが私たちの罪のために十字架にかかり、墓に葬られ、三日目に復活した。 究極すれば、…

「求めよ、さらば与えられん」

ところで、福音を伝えるという話題に関しては、次のような意見もあるかもしれぬ。 キリスト者への疑問: なぜキリスト者は、他者たちに福音を伝えねばならないと考えているのであるか。自分たちだけで信仰を続けるというわけにはゆかないのか。 まず確認して…

広がる距離への懸念

それにしても、福音を伝えるって本当に難しいと、僕は思うのである。特に、思わず湧き上がってくるテンションの盛り上がりを抑えるのって、本当に難しい。たとえば、聖書が語っているキリストの位置づけについて、考えてみる。 三位一体論への入口: 聖書に…

何を伝えるか

あらためて思う。このブログの目的は何よりも、福音を伝えることでなくてはならぬ。 用語説明: 福音とはキリスト者にとっての最重要語の一つで、直接には「よい知らせ」を意味する。 福音とは何か。神から人間にもたらされた、そして今ももたらされつつある…

「私は福音を恥としない」

「中高科通信は書けました?」 うん。でも、それとは別の話なんだけど、ここ数日、ずっと考え続けていたことがあるのだ。申し訳ないのだが、いま少しのあいだ話を聞いてはもらえまいか。 僕はやはり、このブログをキリストに捧げたいと思ったのである。色々…

締め切り迫る

「……疲れは取れました?」 うむ。ここ数日、座りすぎてるせいで腰が悪くなっちゃったらどうしようという極度の不安に取り憑かれてはいるのだが、それ以外は大丈夫である。しかし、今日も記事のほうは短めにせねばならぬのである。 「……?」 例の中高科通信の…

本日、都合により……。

「……あれ?今日はどうしたんですか?」 最近忙しかったり色々考えたりで、なんかちょっとだけ疲れたのである。純粋な疲労だとは思うけど、とにかく放心していたい気分である。何も考えずに、ただ風に吹かれていたい……。 というわけで、今日はこの辺りにして…

旧友に会う

しかし、もう少しだけ色々ぶっちゃけても構わないだろうか。 「……はぁ。」 僕はもう自分の人生をどうしたらいいか、わからないんよ。今年の初めくらいのどこかで、とりあえず実人生の方では、塾の先生としての道が定まりそうだって書いたんだけどさ……。 「………

昨年の五月を振り返る

去年の五月ごろ、人生的にかなり行き詰まっていたあたりのある日に、僕は荒川のあたりをさまよっていたのである。 まだ一年前だというのが不思議な気もするけど、その時はもう何をしたらいいかもわからず、もう死ぬみたいな感じでふらふら歩き続けていたので…

なぜかわりと心地いい

しかし、僕は時々、去年の五月ごろにT牧師から言われた言葉を思い出すのである。その時、T牧師は僕にこう言った。 「philoくん。君自身が背負う十字架は何なの?」 もう詳しい状況は忘れちゃったけど、その時の僕は完全に行き詰まっていたのである。五年前く…

ウェンディ、君は残酷だ

しくしく。昨日の晩から、胃腸の調子がよくないのである……。 「……大丈夫ですか?」 多分、大したことないんだとは思うんだけどさ。こんなこと言われてもうっとうしいだけだろうけど、僕は、ものすんごい不安症なのである。ひょっとしたら死の病に侵されてる…

若き日の過ちよ

自分の弱さをあらためて確認した上で、もう一度、最初の問題に戻っておくことにしたい。 「筆者は信仰者として、キリストについてどのように書いてゆくべきか。」 くり返しになってしまうが、これは本当にまだ全然わからないのである。ひとつ言えるのは、人…

アブラハム問題の瞥見

アブラハム問題(『創世記』22章)について、さらに考えておくことにしたい。 アブラハム問題の与件: 聖書によれば、神はアブラハムに、たった一人の息子であるイサクを焼き尽くす捧げものとして捧げるように命じた。 これは、ヤバすぎるのである。人間を焼…

「ここが、モリヤ山なのか……?」

話の流れ的に、この際、信仰の問題についても久しぶりに考えておきたいのである。 「……はぁ。」 いやこれね、実はもうずっとこのブログに関して考えてる問題なのである。つまりね、突然そんなこと言われても困るとは思うんだが、僕はキリストを信じる哲学者…