イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

哲学か伝道か

超サイヤ人哲学者3はともかくとして、前回の記事を書いたのちに、次のような疑問が浮かんできてしまいました。 「筆者は哲学者として生きるだけではなく、伝道者として生きるべきではないのか。」 正直に言って、今の筆者は、神の愛を伝えようと努力しつづけ…

人生の総合競技

話がつい本題から逸れてしまいましたが、これを機会に、もう少しだけ脱線しておくことにします。 「哲学とは、人生の総合競技である。」 前にも少し書きましたが、筆者は最近、哲学の道の奥深さを前にもまして思い知らされています。この道は、はてしなく長…

『ガラスの仮面』

思い返してみると、『ロトの紋章』は、女剣士ルナフレアや老師タルキンが勇者アルスを守るために死んでいったり、賢王ポロンの両親が自分の村を守るために自爆呪文メガンテで命を捨てたりするなど、自己犠牲のスピリットをこれでもかというほどに示してくれ…

『ロトの紋章』

物事の自然な姿は究極にあるとアリストテレスも言っているので、いきなりではありますが、愛の究極のかたちについて考えるところから考察をはじめてみます。 「与える愛とは、究極のところでは、見返りを求めない愛である。」 通常の人間関係においては、ギ…

哲学を再開する

五月の人生の停止状態のあいだには、シルクロードの勉強に没頭していた時期もありました。そのため、敦煌やカシュガルの魅力について書きまくりたい思いも高まっているのですが、そうなると、もはや何のためのブログであるのかわからなくなるので、これから…

人生の停止状態のおわりに

そういうわけで、そろそろ、自分の人生を再開させてみることにしようと思います。低空飛行&低速運行が原則であることは、もはや付け加えるまでもなさそうですが……。 それにしても、筆者はこれまで救いの哲学を追い求めつづけてきたけれど、誰よりも救われな…

そろそろ始めよう

逆流性食道炎は前回の記事を書いたのち、案の定インフェルノな事態にまで発展しましたが、もうそんなことを気にしている場合ではありません。あれから、はたして自分はこれから何を書いてゆくべきか、考えてみました。 「とにかく、愛しかない。」 自分でも…

持病についての、とりあえずの結論

ここのところずっと逆流性食道炎について書きつづけてきましたが、そろそろさすがに総括しておいたほうがよいような気がしてきました。 「苦しみがなくなることよりも、苦しみがあっても幸せに生きることをめざすべきなのではないか。」 これはよく言われる…

食べたい……が、よく考えてみると

友人のTさんの話を聞いていると、逆流性食道炎は確かにきついけれど、これくらいで弱音を吐いていてはいけないのではないかと思えてきます。しかし、そのことを前提とした上で、やはりこれだけは書いておきたい。 逆流性食道炎患者にとって、食べることは、…

上には上がいる

すさまじい逆流性食道炎の大嵐のなか、この記事を書いています……。当初は、人生のスウィートな停止状態を味わいつつ、しばらく落ちついて過ごすはずだったのに、なぜこんなことになってしまったのでしょうか。 筆者の人生は、なぜこんな苦しみの連続に姿を変…

停止中の自問自答

とにかく軸がブレまくりの、わが人生。けれども、今回、人生について考えることをストップしてみて改めてわかったことが、一つあります。 それは、筆者にとっては、人生を生きることの意味は学問をすることのうちにしかないということです。勉強したり、考え…

もう一つの悩み

チョコレートバー「パルム」の件は、あのあと、ひどいことになってしまいました……。全く笑いごとではすまされないような半日を過ごしたあと、ようやく少し落ち着きました。 「人生とは、絶えることのない苦しみの連続である。」 精神的な悩みからいったん解…

逆流性食道炎について

今回は、筆者のここ5年来の持病である逆流性食道炎について書いておくことにします。いや、この病については、いくら書いても書き足りないくらいです……。 食後に胃液がこみ上がってくるという、基本的にはいたってシンプルな構造をもつこの病気は、人間から…

注釈の試み

前回の記事を書いたあとの夜中にこれを書いているのですが、「置かれた場所に咲きなさい」という言葉のうちには、思った以上に深い意味が込められているのではないかという気がしてきました。 まず、「置かれた場所」ですが、ここには、私の存在を贈与された…

気がついたら二番煎じに

さて、これから先の人生について考えてゆくにあたっては、まずは次の点に目を向けておくことにします。 「この人生においてひとりの人間がなしうることは、本当にごく限られたことでしかない。」 思考のうえでは人生には無限の可能性があるように見えても、…

ブログを始めて2年たってみて

そういうわけで、人生のスウィートな停止状態に入ったおかげで、だいぶ記事を書くうえでも精神がラクになりました。 自分では何も気にせず書いているつもりだったし、また、実際にとても楽しかったのですが、おそらく、「こういうことを書いてはいけない」と…

人生のスウィートな停止状態

前回の記事を書いたら、なんだか急に楽になったよ、ピノコくん。僕はおかげさまで、とってもいい気分だ。朝日を浴びて輝いている、小川の流れのように……。 なんというか、人生のスウィートな停止状態とでもいおうか。もう全部いい、これからは完全に本音だけ…

またしても行き詰まる

ピノコくん。いきなりだけど、僕はいったん全部のことについて、頑張るのをやめたい。もうやる気が出ないんだ。頑張ることそのものに疲れたんだ。 「……そうみたいだね。」 前回の記事を書いてから二週間、何もする気がしなかった。君も知っての通り、4月に…

三位一体論へ ー考察のおわりに

今回の探求のおわりに、次の信仰の言葉に耳を傾けておくことにします。 「真理はそれ自身、神である。」 わたしとあなたの対話においてとどまりつづける真理は、信仰の言葉によれば、神そのものにほかなりません。ただし、この点は、神が人格を持った神であ…

肯定するべきものは……。

昨日の一日をかけて考えてみて、発見したのだ、ピノコくん。僕は「人間はよく生きるために苦しむことが必要か」という問いを立てていたが、ひょっとするとこれは、問いの立て方自体が間違っていたのかもしれない。 「……なんで?」 よく考えたら、僕には苦し…

全部やめてしまいたいけれど

ここで対話という主題を離れて、次の論点について考えてみることにします。 「生きることとは、その人に与えられた苦しみを生きぬくことなのではないか。」 苦しむことからは誰でも逃れたいと思うのが普通です。そして、もし苦しまなければならない場合でも…

弁証法の秘密

傷の普遍性テーゼ : 傷は、実存することの真理とかかわりを持つかぎりにおいて、私秘的なものでありながら普遍性のモメントにあずからずにはいない。 上のテーゼについて、もう少し掘りさげて考えてみることにします。 わたしの痛みをあなたに言うことがで…

傷と真理

わたしとあなたが対話するとき、そこには第三の審級としての真理がつねにとどまりつづけているというのが、前回の記事の論点でしたが、ここには、傷という主題も関わってくることに注意を向けておくことにします。 「わたしの傷とあなたの傷は、ともに第三の…

第三の審級

わたしとあなたをめぐる対話において、哲学の観点からすると、次のモメントがきわめて重要になってきます。 「わたしとあなたは、真理において語る。」 語られることは、多かれ少なかれ、かならず何らかの真理において語られます。「2+3=5」を「2+3=4」…

移民の女性から言われたこと

わたしとあなた、自己と他者をめぐる対話について、もう少し考えておくことにします。 「他者であるかぎりの他者とは、まずもって、わたしが求める他者ではなく、わたしを求める他者である。」 わたしがあなたを求めているならば、わたしとあなたの関係は、…

わたしの超越から、あなたは語る

さて、対話のさいには、次のようなモメントに目を向けておくことも重要であるように思われます。 「わたしの超越から、あなたは語る。」 わたしには、あなたが何を感じ、考えているのかをそのまま知ることは、原理的にいってできません。ただ、あなたの表情…

対話の銀河

わたし自身の考えていることをあなたに伝達すること、また、あなた自身の考えていることをわたしが理解することの困難について、もう少し考えてみることにします。 「それぞれのコギトは、想像も及ばないほどに膨大な過去の記憶に取り巻かれつつ、思考してい…

私秘性と無限

前回に見た私秘性という概念について、根本のところに立ち戻りつつ考えてみることにします。 「わたしにはあなたに、わたしの感じていること、考えていることを、そのまま伝えることができない。」 わたしのコギトとあなたのコギト、すなわち、わたしの意識…

隠れた顔に向かって、確信は深まりつづける

1.神については、人間にはその存在を論証することができず、人間は、神の存在については信じるしかない。(無知のモメント)2.それにも関わらず、人間は、神自身が人間に働きかけているとしか考えられないような瞬間に遭遇する。(知のモメント) 1の命題…

神の存在証明、あるいは理想の結婚論

1.神については、人間にはその存在を論証することができず、人間は、神の存在については信じるしかない。(無知のモメント) 2.それにも関わらず、人間は、神自身が人間に働きかけているとしか考えられないような瞬間に遭遇する。(知のモメント) 上の二…

無知と知の逆説的な衝突

神の愛は、人間の弱さがその極点にたどりつく瞬間にこそ示される。ここにおいては、おそらく「示される」という言葉の意味のうちに踏みとどまっておく必要があるのではないか。 というのは、ここで示されるのが人間ではなく神の愛である以上、ここで問題にな…

もしも、そのような弱さを抱えた人が……。

人間にとって理解が不可能であるように見えるところで、それにも関わらず、神の愛を信じること。弁神論の完結不可能性テーゼからは、もしも人間が神のことを信じるとすれば、どこかで必ずそのようなモメントに突き当たらずにはいないという結論が導かれるよ…

弁神論の完結不可能性テーゼ

「悪の存在について、私たち人間はどう考えたらよいのだろうか。」実存することの深淵においては、この問いが、耐えがたいほどの痛みのうちで問われることになりますが、ここでは、次のようなテーゼを提出しておくことにしたいと思います。 弁神論の完結不可…

人間の声と神の言葉

「絶対的なものの秘密とは、愛である。」このテーゼについては、古来から人間が発しつづけてきた、次のような声を取りあげる必要がありそうです。 1.「もしも神がいるならば、なぜこの世にこんなにも多くの悪が存在するのか。」 悪という言葉をどのような意…

絶対的なものの秘密

ところで、哲学的探究が向かうべきものとは、絶対的なものにほかならないという見方に対しては、次のような意見もありうると思います。 「人間には、蓋然的なものにとどまることしか許されていない。絶対的なものとは、おそらくは理性の見る夢にすぎないのだ…

蓋然性と絶対性

奇蹟のほうに話を戻しましょう。 「奇蹟は、それを目撃したり、体験したりする人びとに、たった一度の出来事のみによって、それがまさに奇蹟であると信じさせる。」 自然科学においては、基本的には事象の反復にもとづいて理論が組み立てられてゆきますが、…

信仰対象というカテゴリー

信仰対象というカテゴリーは哲学の根幹にかかわると思われるので、ここで論点を整理しておくことにします。 1.信仰対象は、その存在を論証することができない。 2.それにも関わらず、信仰対象は存在論と倫理学にたいして決定的な重要性をもつ。 このような…

奇蹟の概念

恵みの次元について語るにあたっては、奇蹟という概念をここで導入しておく必要がありそうです。 「奇蹟は、論理的には十分に起こりうる。」 ここでは奇蹟を、神の意志による介入によって生じる超自然的な出来事と定義しておくことにしましょう。この意味に…

人生の逆転劇

3.もしすべての人間が自らの自由意志を貫徹させて生きるならば、いずれ地上からキリスト者は消滅する。 3の命題に示されているような事態を望まないキリスト者としては、次のような命題を信じるほかありません。 「人間がキリスト者になることを選びとるこ…

キリスト教の消滅?

1.人間はキリスト者になることを、決して自分からは望まない。 2.キリスト者になることは、自由意志によって選びとられるべきである。 前回に見た2の命題を念頭に置きながら1の命題を眺めていると、次のような帰結が導き出されることがわかります。 3.も…

自由意志と、愛しながらの闘い

さて、前回の命題に加えて、もう一つの命題を提示することで、今回の探求の出発点とすることにしたいと思います。 「キリスト者になることは、自由意志によって選びとられるべきである。」 信仰すること、あるいはより一般的に言えば、何かを信じることは、…

秘儀はリスキーか

今日からの探求のはじめに、一つの命題を提示しておくことにします。 「人間はキリスト者になることを、決して自分からは望まない。」 バプテスマ、すなわち洗礼という言葉は、信仰を持っていない方にもわりとよく知られているのではないかと思います。ヨル…

哲学についての考察のおわりに

今回の探求の終わりに、次の論点を見ておくことにします。 「哲学者がなしうる最高のこととは、他の人々のうちに、真理への愛を燃え立たせることである。」 人間が到達することのできる知恵には、どんな場合にも限界があります。ある人が、これこそが哲学だ…

もしも、10年前の自分が……。

最近の哲学においては見失われがちなトピックではありますが、筆者としては、次の論点も挙げておくことにしたいと思います。 「哲学は、知恵の探求を通じて、探求者自身の魂を完成させることをめざす。」 おそらく、哲学においては、すべての領域が緊密につ…

結婚しよう、ピノコくん

……わかってはいるんだよ、ピノコくん! 「……何が?」 僕にはもう、この人生しかないのだ!哲学に全力で打ちこむのが、僕のこの、一回かぎりの人生なのだ。それなのに、何度もそのことを書かなきゃいけないってことは、僕はまだこの後に及んでも覚悟が決まり…

ポイント・オブ・ノー・リターン

哲学者は真理に仕える召し使いになる必要があるというのが前回の記事の主張でしたが、この点については、次の点を論じておかなくてはなりません。 「真理の道を突き進むことは、喜ばしい生き方であることは間違いないが、時にその道のりはとても険しいものに…

最良の主人とは誰か

哲学を極めるために必要なことを考えるという今回の探究も、そろそろ大詰めを迎えつつある気がします。人生をかけて追い求めてゆくべき課題として、次のものを掲げておくことにします。 「何よりも、真理そのものを最優先しつつ、この人生を生きぬくこと。」…

哲学史との対峙

哲学を極めようとする人には、過去の先人たちとの対話に加えて、次のような課題を引き受けてゆく必要があります。 「自分なりの哲学史の見方を練りあげてゆくこと。」 哲学には、時代とは関係のない永遠の真理を追い求めるという側面も確かにありますが、真…

過去の先人たちの言葉

哲学の道を極めたいと望む人には、いま生きている人々との友情のみならず、すでにこの世を去っていった先人たちとのつながりも欠かせません。 「過去の哲学者たちとの対話が、探究者自身の魂の問いかけをさらに研ぎすましてゆく。」 哲学の問いを問うことは…

恩師からのメール

哲学への愛という目下の話題については、友愛というトピックの重要性について注意を払わないわけにはゆきません。 「哲学のスピリットは、人から人へと伝わってゆく。」 ヘーゲルという人はこのスピリットの次元について、類まれな感性を備えていたように思…