イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

文学はすばらしい

「書くこととは、コミュニケーションすることである。」 僕は今、巨大な虚空の中で、一人つぶやいている。たった今、連星が目の前で轟音を立てて爆発したところだ。ここで相手もいないままに延々としゃべり続けるのが、僕に負わされた運命のようである。 こ…

書くということは

「書くということはかくも根底的に、それを読むものとの関係において……。」 Tには昔、僕が書いたものをずいぶん読んでもらったのである。僕も、Tの書いたものを読んだ。僕とTはお互いに、本当に真剣に相手のものを読んだのだった。 僕が今でも書き続けている…

いなくなってしまった友人のこと

前回の記事で心の友とか書いてたら、その後に思い出したのである。僕にも、親友と呼べる友がいたのだ。 Tよ、いま君はどうしているだろうか!もうTと話さなくなってから、五年が経つ。いつかまた、話すことのできる日が来るのであろうか……。 Tとは毎日のよう…

エクリチュールの宛て先

「重要なことはアクセスではなく、むしろ……。」 今から思えば、ブログを書き始めた最初の頃は、とにかく人から拒絶されることを恐れていたのである。 書いた後にすぐに誰かからの反応が来るメディアというのは、怖い。自由に書いたものを発表できる時代にな…

虚空での独白

「ブロガーは、アクセス数を気にするべきか。」 最近、僕はふっ切れてきたのである。ぶっちゃけて言えば、最初の頃はアクセス数とかもっと気にしてたけど、時を経るにつれて、だんだん気にならなくなりつつあるのである。 ていうか、より正確に言うと、哲学…

読まれることをめぐる探求

「書くことがない時には、何を書けばよいのか。」 ぶっちゃけて言うと、そうなのだ。いま僕には、書くことがない。哲学の勉強とか、仕事とかはまあまあ順調でなくはないのであるが、特にこれを書きたいというものがないのである。 じゃあいったん休めばいい…

現在地点を確認する

果たして、TWICEと同じ時代に生まれてきたことも天命なのであろうかという愚問は放置しつつ、もう一つの天命(と思われるもの)であるこのブログについて少し考えてみることにします。 「人がブログを書き続ける理由とは何か。」 他の人のことはわからないか…

天命に関する議論の続行

「人間は滅びるが、天は決して滅びない。」 国破れて山河ありとはまさに至言というべきであって、人間がたとえいずれ滅び去るとしても、天と、その下にある〈自然〉とはその永遠の営みを変わらずに続けてゆくものと思われます。 天命とは、人間をはるかに超…

間違えることのないもの

哲学とは、おそらく何らかの主題を(過剰かつ執拗に)掘り下げることに他ならないので、もう少し天命なるものについて掘り下げてみることにします。 1. 学習塾で先生をしています。 2. 天から教師たることを命じられています。 電波系その他の神経錯乱と取り…

補足的考察

「哲学者は、国よりもまずは天のことを考えるべきではないだろうか。」 そもそもは国について考えてみるということで考察を始めたにもかかわらず、気がつくとだいぶ逸れてしまっていたので、今回は上の論点について考えておくことにします。 どの国に生まれ…

魔法の1ページ

……たとえば、今までずっと読み続けてきた小説が、つまらなかったとするね。 「……それで?」 期待して読み始めたのに、150ページ読んでみても面白くも何もなかったとしよう。もうどうしようもない、今まで読み続けて損した、途中だけどもういいやって思ったと…

この世はゲットー

この機会に、ここ数ヶ月の間うっすらと考えていた論点に触れておくことにします。 「自分が幸福なときにこそ、他者の苦しみについて考える必要があるのではないか。」 前回の記事を書いてのち、油断したせいで目を使いすぎ、久しぶりに心身ともに沈み込んで…

空を飛んでいる

……結局僕は、わりと手頃なところで幸せを見つけてしまう人間なのかもしれない。岩波文庫に入りたいとか言ってるわりに、住宅地の片隅の学習塾で勉強を教えている今の生活には、めちゃくちゃ満足しているのである。 昔、仲良くなった子に、「先生は将来、どん…

天命には逆らえない

前回の記事を書いてから二日間考え続けてみましたが、やはり結論は動かないようです。 「人間は、天命に逆らうことはできない。」 天命のようなものは、その存在を論証もできなければ反駁もできません。従って、その存在を信じるかどうかは各人の思想と経験…

「ただ、ひとつの必然さえあれば……。」

前回の記事を書いた後、燃えたあまりこのブログの題名を『ラストサムライ』に変えようかとも思いましたが、近日中に極度の後悔に襲われることは必至と思われるのでやめておくことにします。 「人間には、天命が必要である。」 俺には、必然がほしい。ただこ…

「この時代にあって、哲学者とは……。」

「この時代にあって、哲学者とは一体何であるのか。」 すでに、知識人という言葉が実質的にみて意味を失いつつあるこの時代にあって、哲学者であるということの意味もまた、自明ではなくなっています。 自然科学の開拓者でもあった近世の哲学者たちはおそら…

自問自答

「岩波文庫入りするためには、同時代の評価を気にするべきではない。」 紋切り型とも言えるテーマですが、やはり押さえておくことにしましょう。岩波入りを狙うためには、とりあえず以下の二つの道が考えられます。 1. 岩波書店に勤務する、将来の有望そう…

大穴の可能性

「一つの国のあり方のよさを判断するためには、哲学的考察が必要とされる。」 たとえば、私たちが日本という国について判断するときには、日本においてはブログ文化が相対的にみて豊かである(前回の記事を参照)という事情を念頭に置いてみることはあまりあ…

「メディアがメッセージを決定する」

本題に戻ります。 「一つの国のあり方は、その国で生きる人間自身が気づかないところで影響を与え続けている。」 たとえば、フランスにおいては、ブログやツイッターは日本よりもはるかに活気がないそうです。特に、ブログ文化の方は黎明期を経て次第に定着…

軸の再確認

前々回と前回の記事を書いたあと、この辺りで少し歩みを止めて、進むべき方向を再確認しておいた方がよいような気がしてきました。 「筆者は、何を書くべきか。」 自由に書けるということは、何を書いてもいいぶん、何を書いていいかわからないという迷いに…

哲学と国家

国という主題は哲学者にとっても、無視できない問題を提起しているといえるのではないか。 「真に創造的な哲学と国家との関係は、どのようになっているのか。」 たとえば、ヘーゲルやニーチェの哲学のように、よく言えば壮大な、見ようによっては大仰な哲学…

一つの国で生きるとは

そろそろ本音と嘘という主題から少し離れて、問いの基調をずらしてみるべき時かもしれません。 「『もうこの国で生きてゆきたくない!』という叫びの正当性は、どのように判断しうるか。」 おそらく、世界のどの国に生まれたとしても、自分の国で生きてゆく…

傲慢についての人間学的考察

今回はアリストテレス風に、忖度の反対物は傲慢であると言明するところから考察を始めてみることにします。 傲慢の定義: 傲慢とは、他者への顧慮を欠いたままに行われる、自己の意志能力と行動力の際限なき行使である。 もういい。俺は結局のところ、俺でし…

思いやりとの分水嶺

今日(5月28日現在)はハッスルした海外視察旅行の直後なので、目の前の現実が鬱すぎてやる気が出ないという本音はあるのですが、何はともあれ、哲学の探求を続けることにします。 「忖度と思いやりの分水嶺はどこにあるのか。」 媚びとへつらいからなる忖度…

忖度のパラダイス

ハイキングに行きたい人は誰もいないのに、結果としてはみなでハイキングに行ってしまうという困った問題(詳細は前回の記事を参照)は、忖度という概念について考えることを哲学者に要求しています。 忖度の定義: 忖度とは、場の空気、あるいは場を支配す…

「ハイキングに行きたいのは誰か?」

「人生においては時に、ネガティブとも取られかねない発言が必要とされる場合もあるのではないだろうか。」 過度の悪口を抑える必要があることは言うまでもありませんが(ただしこれは無論、容易な仕事ではない)、この世には、これはどう見てもおかしいとし…

悪口の車輪

前回の議論から、派生的ではあるが重要な問いが浮かび上がってきます。 「哲学者は、自分に対する悪口すらも知ろうと努めるべきだろうか。」 まず出発点として、およそこの世においては、悪口を一言も言われていない人間はほとんど誰もいないという事実を確…

弁証法の外部

「本当に危険すぎることは、裏アカウントにすら書かれない。」 裏アカウントなるものの登場によって、慎ましさを美徳としていたこの国にも、ついに憧れの(?)本音丸出しワールドが部分的に到来しつつあることは確かですが、それでもこの世のすべてが語られ…

アカウントの弁証法

もう一度、本アカウントと裏アカウントの区別に立ち戻ってみます。 哲学者の本アカ:「わたしは純粋に、真理のみを追求する。」 哲学者の裏アカ:「わたしは切実に、岩波文庫に残りたい。」 ここでまず重要なのは、裏アカウントの願望が切実であるのと同様に…

何のために書くのか

まずは、私事を片付けておくことにします。 「筆者はこれから、何をどのように書いてゆくべきか。」 岩波への切っても切りがたい執念(執着とも呼べようが、哲学者にはなべてこの固執が必要なのではないかという気もしないでもない)についてはすでに書きま…