イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

哲学で何よりも大切なもの

さて、哲学の練達への道をたどるにあたっては、とにもかくにも次の点だけは欠かせないように思われます。 「何はなくとも、哲学を愛して愛して、愛しつくす。」 孫悟空は、なぜ、超サイヤ人3の高みにまで達することができたのでしょうか。使徒パウロは、なぜ…

はるかなる道

哲学には情熱の火、あるいは魂の炎が必要であるというのが、筆者の信じるところですが、最近になって必要だと特に痛感しているものが、もう一つあります。 「哲学には、思考のたえざる鍛錬と彫琢が必要である。」 哲学は、頭脳の活発な若者の思いつきだけで…

哲学に炎は必要か

ところで、哲学という営みのあり方について、この機会に提起しておきたい問いが一つあります。 「哲学をするのに、燃える心は必要か。」 この問いに対する答えとしては、次の二つのものが考えられます。 1.必要ではない。理性によるロジックの積み上げだけ…

二者択一の脱構築

「キリストの方に突っ走りすぎたら、誰にも読んでもらえなくなるんじゃないの。」最近、助手のピノコくんからこのように言われることが、たびたびありました。確かに、先月の『メシア入門』では、かなりディープなところにまで、わき目もふらずに突っこんで…

メシア入門のおわりに

メシアの問題系へのイントロダクションを行うという今回の探求の課題はいちおう前回までで果たしたということにしますが、十字架の出来事について考えることができなかったのは心残りです。 それというのも、イエス・キリストの福音は、十字架の出来事のうち…

無知についての筆者の考え

さて、人間が置かれている状況は、次のようなものであると思われます。 1.誰もが、根源的なしかたで無知である。 2.それにも関わらず、誰もが何かを信じつつ生きている。 1のような根源的無知のモメントを自覚するとき、ひとはソクラテス的な知恵を生きる…

根源的な無知について

哲学と神学の境界不分明性テーゼ : ひとは、哲学がどこで終わり神学がどこで始まるのかを、確定することができない。 このテーゼがもたらす結果は、哲学的にみてきわめて重要であるように思われます。このテーゼの系を見ておくことにしましょう。 境界不分…

哲学と神学の境界不分明性テーゼ

死後の問題については、次の論点を見ておくことにしたいと思います。 「死後の問題は、人間が解決するのではなく、メシアによって解決される。」 この問題においては、人間にはイニシアティブを握ることが決してできません。人間にできるのは、ただ、メシア…

メシアは哲学を完成する

死と復活の問題は、メシアと哲学の関係について考えなおすという可能性を私たちに提示しています。この可能性を、ここでは次のように言い表してみることにしましょう。 「メシアは哲学を破壊せず、完成する。」 筆者は、死の問題はメシアなしには曖昧なまま…

死の問題、あるいは哲学への挑戦

死者の復活という出来事には、簡単には汲みつくしえない深い意味が含まれていそうですが、ここでは試みに、次のようにその意味を言い表してみることにします。 「死は、乗り越えられうる。」 神が、キリストを死者の中から復活させたとしてみましょう。この…

パウロの証言

「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。」 メシアの知らせを告げ知らせ、その後にキリスト教と呼ばれることになる運動の巨大な発火点の一つとなった使徒パウロが、この知らせのコアになる部分について書いている箇…

死者の中からの復活

メシアのことがわかったとして、一体どのようにしてその知らせを信じたらよいのだろうか。この問いにたいしてイエスはくり返し、次のように答えています。 「もし、わたしのことが信じられないなら、わたしの行うわざによって信じなさい。」 言葉だけで信じ…

生き方が変わるとき

メシア的瞬間において信じるという出来事のうちに引き入れられたひとは、そののちに、もうそれまでの生き方を続けることができません。 メシアを信じた人は、すぐに自分のまわりにも、その知らせを伝えようとします。「私たちを救ってくれる人が、この世にや…

メシア的瞬間について

「メシアがこの世にやってきた」という知らせを聞く時には、ひとはメシア的瞬間とでも呼ぶべき時間性にかかわりを持つことになります。 メシア的瞬間は、人間にたいして法外な真理が提示される場にひとを引き込みます。この真理は、理性に反するわけではあり…

すべての人の救いという問題

今回の記事では、次の論点について考えてみることにしたいと思います。 「メシアは、その人がもしも本当にメシアであるならば、苦しみのうちにあるすべての人を救うことができるはずである。」 わたしがたとえ今は苦しんでいないとしても、世界には苦しんで…

終末に愛を

「philo君。軽々しくは言えないことだが、わたしは、この世界の終わりがとても近いのではないかと思っているのだ……。」 ワルシャワの教会でお世話になった、ポーランド人のM牧師とお話しさせていただいたときの言葉です。ポーランド・リトアニア旅行と万物の…

リトアニアの思い出

個人的な話になってしまいますが、万物の終わりというテーマについては、去年の春のポーランド・リトアニア旅行のことを思い出さずにはいられません。 この旅行は、クリスチャンの人とクリスチャンでない人が合わせて30人ほど参加した団体旅行で、僕は助手の…

万物の終わり

本題のメシアのほうに戻りましょう。このテーマについては、危険なポイントであることは否めませんが、次のような時代認識と切り離して考えることができません。 「万物の終わりが、迫っている。」 キリスト者の認識によるならば、イエス・キリストがこの地…

ユダヤ人と私たち

「ユダヤ人とわたしに、何の関係があるのかね。わたしは生まれてからこのかた、ユダヤ人なんて、たったの一人も見たことがないんだぞ。」 それこそ、真相は神さまに聞くしかありませんが、聖書によると、私たちの魂は、ユダヤ人の歴史があったからこそ救われ…

聖書のウルトラツイスト

ところで、聖書には旧約と新約の二つがあることはよく知られていますが、聖書のメッセージをメシア=救世主という観点から一言で要約すると、次のようになるかと思います。 1.旧約聖書……ユダヤ人は、メシアを待ち望む。 2.新約聖書……メシアが来たので、全…

同志を求めつつ……。

最近、筆者は、聖書のマニアックな話で盛り上がることのできる知り合いが少ないことに悩んでいます。 私見にはなりますが、世界のあらゆるジャンルの本を読みあさったのち、筆者自身は、「聖書こそ、魂の救いという観点からのみならず、面白さからみても最強…

レディオヘッド『魔女を焼け』

前回までの『人権はリアルである』に内容が関連するので、今回は、レディオヘッドの最近の楽曲『Burn the witch(魔女を焼け)』を簡潔に分析してみることにしましょう。この作品は、近年の先進国の人びとのメンタリティをあざやかに切りとった名曲であるよ…

人権についての探求のおわりに

「人権の根拠についての問いは、はてしない対話の営みを要求する。」この1月のあいだにさまざまな人と今回の探求のテーマについて話してみて、あらためてそう感じさせられました。 人権は神の愛にもとづくというC2の立場が筆者の支持するところですが、いう…

見捨てられている人のほうへ

今回の探求の終わりに確認しておきたいのは、「人権は、もしもリアルなものであるとするならば、この世で見捨てられているどんな人をも放っておかないことを要求する」ということです。 どんな人も、不当に傷つけられたり搾取されたりすることのない世界。す…

近代政治哲学の問いなおしに向けて

人権についての筆者自身の考えは、前回に見た、次のような見解にまとめることができそうです。 「人権は、究極のところでは人間にたいする神の愛にもとづく。」 神の愛は何かの見返りとして与えられるようなものではなく、純粋な贈与のオーダーに属していま…

2017年初頭、どのポジションでゆくべきか?

今回はすこし肩の力をぬいて、これまでに考えたことをまとめておくことにしましょう。人権というイデーについては、さしあたっては次の三つの立場をとることが可能です。 A.「人権なんてフィクションにすぎないのだから、いざという時には踏みにじっても構…

筆者自身が信じていること

このあたりで、筆者自身の信念について書いておくことにします。一般に受け入れられにくいということを認めたうえで、筆者には、人権というイデーの根拠は、最後のところでは次の点に求めるしかないのではないかと思われます。 「神が、私たちの一人一人を愛…

反人権的なマインド

そもそも、人権というイデーには、疑いを挟もうと思えば、いくらでも挟めるものであると言えるかもしれません。フランス革命で有名な人権宣言の第一条には、次のようにあります。 「人間は自由かつ権利において平等なものとして生まれ、また存在する。」 現…

人権はリアルである

「人権なんてフィクションにすぎないのだから、いざという時には踏みにじったって構わないのだ!」もしも、Mr.ジョーカーのような人がそのように主張するとしたら、このブログの筆者としては、次のように答えるしか道は残されていないのではないかと考えます…

Mr.ジョーカーと炎上の世界

「人権なんてフィクションはかなぐり捨てて、本音で生きようじゃないか。」このような立場に立つ人を、かりにMr.ジョーカーと呼ぶことにしましょう。Mr.ジョーカーとしっかり向きあうために、もう少しかれの言葉に耳を傾けてみます。 「私みたいな正直者は、…

「本音で生きようじゃないか……。」

「人権は、たとえフィクションであるにしても守っておいた方がよい。」前回の記事で見たこの主張にたいしては、次のように言う人が出てくる可能性があります。 「うはは、そんなまどろっこしい理屈だけで、世界が守れるものかね。私に言わせればだ、ローティ…

おとぎ話の効用、あるいはローティのユートピア

「人権なんて、ただのフィクションにすぎないではないか。」このような意見に直面するとき、私たちはいったいどのように答えたらよいのでしょうか。 この点については、ここ数十年の歴史の流れにおいて、おおむね次のような方向で答える知識人は少なくなかっ…

テロと移民の時代における人権

「役に立たない人間は、この世から消えた方がいい」というロジックの背後には、「人間は、働いて何かを生産するかぎりにおいてのみ価値をもつ」という人間観があるとすれば、このロジックに立ち向かうためには、私たちは、次のように主張する必要があるよう…

「殺害可能な存在」

「役に立たない人間は、この世から消えた方がいい。」このロジックは、昨年の相模原の事件だけでなく、ナチス・ドイツによる障害者の殺害にも用いられました。今回の探求では、具体的なトピックというよりはこのロジックそのものに焦点を当てて考えてみるこ…

相模原の事件は……。

体調がある程度よくなったと思ったら、今日はなぜか目がずっと痛くてほとんど使えなかったよ。 「なんで?」 わからない。精神的なものなのかな……?でも、本題はそこじゃなくて、そのせいで今日は去年のことを思い出してたんだ。 去年の今ごろの僕の調子は最…

最近の反省

……しかし、ピノコくん。僕には反省するべき点がひとつあるように思う。 「……ひとつ?」 いや、そりゃ無限にあるわけだけど、その内のひとつということであって!すでに何度か書いたけど、ここのところ自分の悩みについて書きつづけているけど、世の中には自…

昨年末に言いそびれたこと

[新年、明けましておめでとうございます。みなさま、2017年もよろしくお願いいたします……!] ピノコくん、今年もよろしく!まずは、昨年末に言いそびれてしまった話題があってね。 「……何?」 それは、個人的なことというよりは一般的な話に広げてみたいこ…

大みそかに希望を

ここのところ記事の内容がやたらに暗くなってしまい、申し訳ありません……。 哲学のアンダーグラウンド計画がこんなにも早く危機に瀕し、人生の道もブログすらもブレにブレまくっており、大みそかだというのにわけのわからないことになっています。これはもは…

「……考えてみた?」Take2

「……考えてみた?」 うん。いろいろ考えたけど、やっぱりこの世のことは、いったん全部あきらめることにするよ。 「……。」 いや、ふてくされるわけじゃなくてね、変に頑張ろうと思うと、僕はまた自分で心身を壊す気がするんだ。自分でもコントロールがきかな…

「……考えてみた?」Take1

「……考えてみた?」 もちろん、考えてみたよ。でも、もうどうしようもないよ。去年にぶっ倒れて、一年かけてやっと回復して、もう一度頑張ろうとしたら、すぐまたぶっ倒れたんだもの!昨日は、ふとんに食べられる夢をみたよ……。 「……。」 もういいんだ、ピノ…

この人生の目的

三日のあいだ考えてみましたが、やはり、問題のひとつには、このブログにおいて自分の人生の目的をはっきり書いておかなかったことがあるようです。 「イエス・キリストのことをこの世に伝える。」 前回の記事で少し書きましたが、僕は今年の2月か3月に、…

深夜に目が覚めて

なんか、思い出したよ。 「何を?」 今年の2月だか3月だか忘れちゃったけど、アルバイト先から電車で帰ってるときに、「僕はこの世に生まれてくるべきではなかった」って、本気で思ったんだ。そういう風に考えちゃいけないっていうのも思ったけど、その時…

これ以上できません……。

この文章を書いてるのは、12月9日、AM8:07だ。今日も、食道炎のせいで二時間も寝れなかったんだ、ピノコくん。ショパンを聞く気にすらならず、ただ部屋で布団にくるまって、絶望していた……。 「……。」 やっと気づいたんだ。僕は、何もできない人間なんだ。何…

ごめんよ、ピノコくん

「あれ?どうしたの。」 ピノコくん。君も知っての通り、前回の記事を書いたあと、僕はもう一度、心身ともにぶっ壊れた。やっぱり、この一ヶ月くらいのあいだ、例のアンダーグラウンドのことで頑張りすぎたんだと思う。僕はどうやら、自分で言ったことのせい…

クリスマスと心身崩壊

そろそろクリスマスと年末が近づいていますが、じつは、筆者はこの師走の前半に、心身崩壊の危機に襲われていました。 きっかけは、前回までのアンダーグラウンドについての探求です。「一点突破してみせる!」と興奮しまくったあげく食道炎を悪化させ、最後…

アンダーグラウンドについての探求のおわりに

前回までで書きたかったことはすでに書き終えたので、今日はお休みの意味もかねて、短く記事を閉じることにします。出演してくれたジェイコブさん、ゆたさん、Tさん、そしてピノコくん、今回はありがとうございました! LES DEMERLE / UNDERGROUND シリーズ…

「それで、結局?」

「それで結局、philoは世に知られたいの、知られたくないの?」 そりゃTさん、本音を言えば、いつかは知られたいですよ!でも、だんだんわかってきましたが、これは本当に雲をつかむような話です。遠くに見えてる蜃気楼を、砂漠で一生追いかけて終わるよう…

どうしても伝えたいこと

三浦綾子さんのエピソードを聞いたことが一つのきっかけとなって、数日のあいだ考えつづけてみましたが、やはり、このあたりでもう一度決意を固めておく必要がありそうです。 書いたものを他の人に読んでもらいたいと思うからには、どうしても伝えたいことが…

最後の三浦綾子さん

日々は流れてゆきますが、時おり、自分の人生の道について考えこませるような出来事も起こります。先月末には、作家の三浦綾子さんと生前に親交のあったS先生と、たまたま少しお話させていただく機会がありました。 S先生は、三浦綾子さんの後半生には、彼女…

サブウェイでいつまでも

もともとは、アンダーグラウンドで活動しながらどうやって世の中に哲学のメッセージを発信してゆくかという問いのもとにはじめたのですが、前回の記事を書いたあと、どうもよくわからなくなってしまったような気もします。 いちばん大切なのは、まぎれもなく…